日本人の旅行スタイルを大転換した国鉄キャンペーン 副題は「美しい日本と私」、昭和の「ディスカバー・ジャパン」をご存じか

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旅行需要が回復傾向にある今、かつて日本人の旅行を大きく変えた「ディスカバー・ジャパン」を振り返る。

「新しい旅の形」生まれるか

西九州新幹線「かもめ」(画像:写真AC)
西九州新幹線「かもめ」(画像:写真AC)

 新型コロナウイルスの感染拡大が長期化しているが、旅行の需要は明らかに回復している。2022年10月の政府の水際対策大幅緩和と全国旅行支援開始がきっかけとなり、全国各地で旅行者の姿が見られるようになっている。

 9月に開通した西九州新幹線も、このことが影響したのか開業2か月で利用者が約42万2000人に。コロナ禍前の在来線の2018年利用者数と比べ5%増となっている。いま、まさに人々の「旅行をしたい」という欲求が発散され始めているのだ。

 ようやく、「旅行したい」という希望が抑制から解き放たれたわけだが、この熱気はどんな新しい形の旅を生み出していくことになるのか。そのことを考える時、日本人の旅行を大きく変えた「ディスカバー・ジャパン」のことを思い出さずにはいられない。

団体から個人、小グループへ

 ディスカバー・ジャパンは1970(昭和45)年10月14日、大阪万博の終了から1か月がたった「鉄道の日」に国鉄(当時)が開始した、個人旅行を呼びかけるキャンペーンだ。国鉄がこのキャンペーンを企画した理由は、万博後にやってくる輸送力の落ち込みをどうカバーするかということであった。その手段として選ばれたのが、個人旅行の呼びかけだ。とりわけ若い女性が主なターゲットだった。

 このキャンペーンは、日本人の旅の仕方をガラリと変えた。前後の状況を見てみよう。日本観光振興協会の調査では、1968年には宿泊旅行の52%が職場や地域などの団体旅行だったが、1980年には37%まで減少しており、旅を個人や小グループで行うものへと変化させたことを示している。

 もちろん個人や少人数の旅行というのは、この時に初めて発生したものではない。古くは江戸時代の伊勢参りなどの旅が、個人や少人数でも行われていた。明治・大正期にも、若いうちに一度は長期の旅に出て、見聞を広めることが習慣的に行われていた。戦後、高度成長期に若者の個人旅行のスタイルとして定着したのが、1960年代後半に登場した「カニ族」である。大量の荷物が入る横長のリュックサックを背負い、「カネはないが暇はある」ことを生かして普通列車に乗り、時には野宿をしながら貧乏旅行をするのである。

 そうしたモラトリアムの若者が主体だった個人旅行を、老若男女関係なくできるものへと変化させたのが「ディスカバー・ジャパン」であった。このキャンペーンが主な客層として狙ったのが、女子大生とともに、可処分所得を持つOLであった。

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