「SL保存」はもはや時代遅れ? 苦情で汽笛は鳴らせず、メンテも大変 落日は近いのか
汽笛を鳴らせないSLの価値
公園での保存展示が難しくなったのと同様に、ミュージアムでの保存展示も時代の変化による問題が発生している。ミュージアム施設で保存展示しているSLは、公園よりも環境的に恵まれている。とはいえ、まったく劣化しないわけではない。ミュージアムに保存展示されているSLでも、こまめにメンテナンスをする必要はある。簡易的なメンテナンスならば、職員やボランティアの手で何とかなるだろう。
しかし、大掛かりな点検・補修はプロの業者に任せることになる。SLが新造されない現在、SLの補修を専門にする工場も少ない。そのため、引き受けてくれる業者を探すだけでも一苦労を要する。
愛知県名古屋市の名古屋市科学館に屋外展示されていたSLは、ドイツ製のB6という車両で、国内で保存展示していたのは名古屋市科学館だけという貴重なSLだった。名古屋市科学館のB6は点検のために業者に引き渡され、いったん解体された。ところが修理は進まず、工場内ではバラバラになったまま放置される。
当然、科学館にB6は戻ってこず、屋外の展示スペースには謎のように見える空間ができた。隣には名古屋市電が保存展示されているので、その奇妙な光景は際立っている。また、B6が無事にメンテナンスを終えて戻ってきても、別の問題がSLを待ち受ける。それが、SLならではの汽笛を鳴らせないことだ。
SLの魅力は、迫力があり漆黒で巨大な車体が走る勇姿だろう。また、モクモクと煙をあげている様子や大音量の汽笛もSLの魅力といえる。博物館などでは、短い線路ながらデモンストレーションのように、SLを走らせることがある。実際に動くSLを見せることは教育的な意味もあるが、その一方で煙を出すことによって地域住民から洗濯物を干せなくなる、家屋・自動車が汚れるといった苦情が入る。そうした理由から、煙を出さない圧縮空気という方法で動かすミュージアムが増えている。
汽笛に関しても、周囲から騒音と受け止められることが多くなった。滋賀県長浜市の長浜鉄道スクエアでは鉄道開業150年を記念し、保存展示していたD51の汽笛を2022年夏に復活させた。復活後は1日に1回、正午の12時に汽笛を鳴らしていたが、近隣住民からうるさいとのお叱りを受け、定期的に鳴らすことを止めることになった。現在はイベント開催日に1日3回鳴らしている。
SLが私たちの生活に大きく貢献したことは否定できないが、だからと言って技術が向上して静かで振動の少ない電車が走るなかで、SLの振動や騒音を許容できるかと問われれば、受け入れられないと答える人もいるだろう。
時代が変われば、それを取り巻く環境も変わる。いまだSLは観光の目玉として人気となっているが、その人気も以前ほどの熱量を失っている。SL人吉の引退は、時代の転換期を迎えたといえるのかもしれない。