最近の新型バイクから「公道最速」「峠最速」のキャッチコピーが消えた理由
現代、モーターサイクルの価値基準はその速さだけにとどまらない。しかし、かつて「世界最速」を競い合い、性能を進化させてきた華々しい歴史がこの業界にはあった
歴史的著名人が命を落とした最速の1台
1920年代末から1930年代に掛けての速い1台といえば、まずはブラフ・シューペリアSS100。この100という数字は、最高速度が100mph(約160km/h)を超えていたということを意味していた。
このモーターサイクルは「アラビアのロレンス」ことT.E.ロレンスが1935年に事故で命を落とした際に乗っていたモデルとしても知られている。
ピーター・オトゥールがロレンスを演じた映画の『アラビアのロレンス』においても、冒頭のタイトルバックで、ロレンスが愛車の始業点検を行った後に、走り出す様であるとか、イギリスの田舎道を快走中に道路脇から出てきた自転車の少年を避けようとして転倒する様までが、数分にわたって印象的に描かれている。
あのモーターサイクルこそがブラフ・シューペリアSS100である。
そしてブラフ・シューペリアSS100に次ぐ存在だったのが、1936年に発売されたH.R.DヴィンセントのシリーズAラパイド。ブラフ・シューペリアを上回る公称110mphの最高速度を誇った。
ちなみにこの両者のエンジンは、ともに1000ccのV型2気筒だった。最高出力はともに45hp程度だったが、ロングストロークのトルクフルな設計とあって時間を掛ければそれなりのスピードを維持できたということである。