守るべきは社員の「雇用か賃金か」 コロナ禍の航空業界から見えた日米「雇用制度」の差、正しいのはどちらなのか
航空業界から分かる日米の企業文化・雇用制度

このように、日本の航空会社は欧米の航空会社に比べて従業員の雇用を守った。
日本では、2020年の夏に東京オリンピックとパラリンピックの開催が予定されており、結果的には「延期 → ほとんどの競技で無観客開催」となったものの、航空需要の予測が難しかったという面もあった。ただ、基本的には雇用の確保を重視する姿勢の現れと言えるだろう(もちろん、日本での雇用調整がなかったわけではない。ANAグループにしても業務委託を受けている下請け企業では、非正社員を中心に雇い止めが行われたことが本書にも書かれている)。
その後、航空需要が回復した際に、欧米ではフライトのキャンセルや空港でのチェックインや荷物の受け渡しなどに混乱が起きたことを考えると、日本のやり方が正しかったように思えるが、賃金という側面を考えると問題は単純ではない。
ANAでは、雇用の調整は欧米の航空会社に比べてゆっくりと進んだが、賃金の調整は素早く進んだ。先ほど述べたように、労使の合意のもと一時金だけでなく月例賃金のカットも行われた。
一方、アメリカにおいては、アメリカン航空では賃金カットは確認されず、ユナイテッド航空とサウスウエスト航空では、賃金カットが会社側から提案されたものの、組合の抵抗もあって実現しなかった。
かねてより、アメリカの労働組合は
「雇用よりも賃金を重視する」
と言われてきたが、今回もそのような形になったのである。
アメリカでは組合に組織されている労働者は年功順位の上位におり、一時解雇のリスクは相対的に低く、賃金水準は相対的に高い。そこで、組合は一時解雇を容認し、賃金の引き下げを拒否する傾向があるのだ。
ここで本書のタイトルにもなっている「雇用か賃金か」という問題が出てくる。日本の航空会社(と組合)は賃金を犠牲にして雇用を守り、欧米の航空会社(と組合)は雇用を犠牲にして賃金を守ったと言える。
これは航空会社に限ったことではなく、日本と欧米(特にアメリカ)の企業文化や雇用を取り巻く制度の違いを反映したものだ。そして、この違いが、日本における賃金の低迷とデフレ、欧米における失業率の高さに、それぞれ反映していると言えるだろう。
本書は、航空会社がコロナ危機にいかに立ち向かったかとともに、雇用の場における日本と欧米の違いを教えてくれる非常に興味深い本である。