JALが大嫌いだった稲盛和夫 窮地を救った事業再生で「人をだますな」と言い続けたワケ
稲盛を支えた百戦錬磨の経験
では、なぜ稲盛はアメーバ経営の導入を最優先にせずに、役員たちにフィロソフィを説くという活動を先行させたのか? これについて、次のような森田の興味深い発言がある。
「人間には数字を追いかける本能があるんですよ。数字の根拠が明確になっていれば、誰もが目の色を変えて数字を追いかけ始める。熱くなるんです。ただし、管理部門だけは全体を冷めた目で見る必要があります。全員がお金もうけに夢中になると、会社がおかしな方向へ行ってしまうこともある」(146ページ)
大きな組織は官僚的な組織になりやすい。そこでそれを防ぐために事業部制などの、権限を下におろし独立採算制をとらせたりするが、そうなると今度は部門ごとに足を引っ張ったり、数字をごまかす可能性が出てくる。
それを防ぐのが稲盛流のフィロソフィだ。「ウソを言うな」「人をだますな」というのは、あまりにも当たり前な言葉であるが、ウソや人をだますことを許せば、アメーバ経営は根底から腐ってしまうのだろう。
また、トップの数字を読む力も重要になる。本書では、稲盛が執行役員運行本部長の植木義晴(のちの社長・会長)に、
「(パイロットが使う)ヘッドセットの修理代が増えとるな。なんでや」
と尋ね、植木が答えられなかった場面が紹介されているが、稲盛はこのような小さな数字の変化も見逃さなかった。
毎月、稲盛は80~100枚にもなるA3の紙にその月の予定数値、それに対する実績と翌月の見通しが書かれた紙を読み込み、役員に対して次から次へと質問を繰り出した。最初の頃は答える側の役員が「全滅」だったために会議が終わるまでに3日かかったとのことだった。それほど稲盛は細かく数字をチェックし、同時に計画から数字がずれたときはその理由を役員たちに厳しく問うた。
植木は社長になってから稲盛に対して、「なんであんな細かい数字を見つけられるのですか」と聞いたところ、「おかしなところはな、向こうから数字が飛び込んでくるんや」(122ページ)と答えたという。
パイロット歴34年の植木は、無数な計器に囲まれて飛んでいる中で、ある日を境に異常な数値は探さなくても目に飛び込んでくるようになった経験を思い出したという。このように稲盛には経営者としての百戦錬磨の経験があったのだ。
JALの再建に関しては、本書でもとり上げられていないもっとドロドロとした部分もあったのだろうし、本書でも触れられているようにさまざまな企業の破産管財人を務めた弁護士・瀬戸英雄の役割も大きかったのかもしれない。
しかし本書を読むことで、稲盛和夫の経営者としての手腕と経験の中で生み出したノウハウが、京セラのような製造業だけではなく、JALのような巨大な航空会社にも通じるものであったことと、アメーバ経営とフィロソフィという一見すると相反するものに見える組み合わせが、必要不可欠であったことも見えてくる。