ディスカウントありきのハリボテ旅行需要 “安いニッポン”を加速させかねない「全国旅行支援」の本質とは
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鉄道に愛称をつけるように発案した大臣

歴史をひもとけば、明治期から政府は旅行需要を高める数々の政策を打ち出してきた。例えば、昭和初期に第1次大戦の反動による不景気と昭和恐慌・昭和金融恐慌などが立て続けに起きた際にも、庶民の旅行需要は大きく減退している。
当時はマイカー所有者が少なく、道路も整備されていなかった。自動車で旅行する人はほぼ皆無で、多くの旅行者は鉄道を使った。当時は通勤・通学需要による鉄道利用は少なく、鉄道は物資を運ぶ貨物輸送がメインだった。それらの鉄道需要は日々の生活を支えるインフラでもあった。また、鉄道は戦時に物資を迅速かつ大量に運搬する役割も担っていた。
旅行需要が減退してしまえば、軍事・生活の両面で重要な役割を担っていた鉄道が維持できなくなる。それは一等国・日本の崩壊にもつながるだけではなく、庶民生活が成り立たなくなることも意味する。こうした背景もあり、政府は旅行需要を喚起する政策を打ち出さなければならなかった。
1929(昭和4)年に発足した浜口雄幸(おさち)内閣では、鉄道大臣に江木翼(たすく)が起用された。江木は鉄道需要を高めるために、特急列車の愛称を一般公募した。現在、東海道新幹線の「のぞみ」「ひかり」「こだま」といった愛称は広く定着し、2022年9月に部分開業を果たした西九州新幹線の列車にも「かもめ」という愛称がつけられている。このように列車の愛称は世間に浸透し、鉄道を頻繁に利用しない層にも親しみを感じさせる効果をもたらす。
江木が愛称をつけるように発案したのは、鉄道に親しみを覚えてもらうことで、少しでも鉄道需要を喚起しようという狙いが込められていた。列車の愛称が誕生してから約100年という歳月を経て、列車愛称は江木の思惑通りに鉄道需要を創出するのに大きく効果を発揮したことになる。
また、江木は鉄道省内に国際観光局という部署も新設している。部署名に「国際」という文字が入っていることからもうかがえるように、同部署は訪日外国人観光客の誘致にも力を入れた。
コロナ前までは年間4000万人に迫る勢いで訪日外国人観光客が増え、新幹線のみならずローカル線でも外国人の姿を目にすることは珍しくなかった。外国人観光客がローカル線の維持に一役買っていたわけだが、その萌芽(ほうが)は昭和初期にまでさかのぼることができる。
また、国際観光局は訪日外国人観光客を誘致するという目的のほかにも、当時はほとんど使用されていなかった「観光」という言葉を“発見”することにもつながった。