昭和に一世風靡 簡単便利な「磁気式プリペイドカード」があっさり衰退したワケ

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1982年、初のテレホンカードが発売された。その後隆盛を極めたが、いまや過去の遺産だ。いったいなぜなのか。

テレホンカードが登場して40年

東京メトロは前売りや記念の24時間券は磁気式プリペイドカードで販売されている(画像:東京地下鉄)
東京メトロは前売りや記念の24時間券は磁気式プリペイドカードで販売されている(画像:東京地下鉄)

 プリペイドカード(代金前払い方式のカード)は現在、ICカードや携帯電話アプリなどが主流となっている。しかし、以前は磁気式だった。

 人々の生活を一変させた磁気式プリペイドカードは、電電公社(現・NTTグループ)の公衆電話用テレホンカードが最初で、1982(昭和57)年12月23日にサービスを開始。開発、実用化までに約10年を要した。

 それまでの公衆電話は10円、100円の硬貨専用で、電話機も10円専用、10円と100円の両方に対応するものにわかれていた。携帯電話のない時代、

・外出先で通話できること
・緊急事態発生時に110番/119番通報ができること

から、非常に重宝したのはいうまでもない。しかし、利用者の多くは投入した金額分で通話できる制限時間を把握しておらず、その時間に達すると自動的に切れてしまうのが欠点だった。

 また、100円については釣り銭が出ないことも不便だった。通話先の地域ごとの通話時分に応じて釣り銭を計算する機能を電話機に取りつけると、生産コストが莫大(ばくだい)になるほか、釣り銭の管理や補充を常時行われなければならず、手間を要するからだ。

 テレホンカードは

・500円券(50度数)
・1000円券(当時100度数)
・3000円券(当時300度数)
・5000円券(当時500度数)

の4種類を販売。あらかじめ“通話料を買う”ことで、気軽に通話できる。また、残高が0度数になった際は2枚目のテレホンカードを投入することで引き続き通話できるようにした。

 電話機もテレホンカードが使えることをわかりやすくアピールすべく、緑の新型公衆電話を開発。引き続き10円、100円も使える万能型とした。

1985年度の売り上げは400億円超え

阪急電鉄6300系に設置されていたテレホンカード専用の公衆電話(画像:岸田法眼)
阪急電鉄6300系に設置されていたテレホンカード専用の公衆電話(画像:岸田法眼)

 なにもかも衝撃かつ斬新なテレホンカードに対応した公衆電話は、東京都内のほか、東京国際空港、新東京国際空港(現・成田国際空港)、大阪国際空港、福岡空港、千歳空港(現・新千歳空港)に設置。1983(昭和58)年に入ると、全国に広がってゆく。

 1984年に入ると、6月に株式会社テレカ(現・NTTカードソリューション)が設立され、結婚式といった祝い事、記念などに対応したオリジナルデザインの制作販売を開始。9月にテレホンカード専用の公衆電話を導入し、小型軽量化と維持費の低減につながったほか、のちに多くの鉄道車両にも設置され、テレホンカードの普及ならびに日常生活の必需品として定着してゆく。

 テレホンカード旋風はまだまだ続き、「回数券なみに割り引いてほしい」という利用者の要望に応えるべく、1985年10月1日販売分から1000円券は1050円分(105度数)、3000円券は3200円分(320度数)、5000円券は5400円分(540度数)の付加価値をつけ、実質値下げ。隆盛を極めた。

 1985年度の売り上げはNTTが予測した約2000万枚を大きく上回る6036万枚、402億5500万円の売り上げを記録。1987年9月22日に第1回クリエーション大賞(東京ファッション協会主催)を受賞した。このとき、累計の発行枚数も3億枚を突破してゆく。

 爆発的な人気商品になったのは、手軽に使えるだけではなく、さまざまなデザインもの(有名人、キャラクター、風景など)が出回り、収集品や記念品という役割も加わったことが大きいようだ。