戦争のプロはロジスティクスを語り、素人は戦略を語る 「軍事ロジスティクス」から考える世界戦争史

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ウクライナ侵攻以降、一般的に知られるようになった「軍事ロジスティクス」。今回は軍事ロジスティクスから世界戦争史を考える。

近現代へと至るヨーロッパの歴史

 中世ヨーロッパの攻城戦が優れてロジスティクスをめぐる戦いだった事実は広く知られる。また、11~13世紀の十字軍の時代、エルサレムに向けて兵士(騎士)や補給物資の運搬を担当し、富を得たのがヴェネツィア、ジェノヴァ、アマルフィーに代表されるイタリアの都市国家だった。こうした国家は、今日で言う銀行業も担当したのだ。

 次に、近現代の戦争では、1789年のフランス革命後のナポレオン・ボナパルトによるロシア遠征や第2次世界大戦でのドイツ軍によるソ連侵攻は、ロジスティクスをめぐる問題を考えるための事例としてしばしば取り上げられる。

 また、アメリカ南北戦争(1861~65年)で連邦軍(北軍)が実施した海上封鎖「アナコンダ」作戦、さらにはウィリアム・シャーマン将軍が実施した焦土作戦(「海への進撃」)は、まさに敵である連合軍(南軍)のロジスティクス拠点に対する攻撃だった。

 1914年、第1次世界大戦の緒戦においてフランスは、ドイツ軍の侵攻に対するパリ防衛のために急きょタクシーを活用し、1916年に激戦地ヴェルダンへと補給物資を運搬したただ1本の道路は「聖なる道(Voie Sacree)」と呼ばれ、ともに今日まで「伝説」として語り継がれている。また、この大戦を通じて新たに生じた問題が継続的な物資の補給、とりわけ弾薬の補給であり、これは「シェル・スキャンダル(砲弾スキャンダル)」として参戦諸国内で政治問題化したのだ。

 実際、イギリスの戦略思想家J・F・C・フラーは、第1次世界大戦をふたつの巨大なロジスティクス・システム間の戦い、すなわちイギリスの「ミッドランズ」とドイツの「ルール」という両国の大工業地帯間の戦いだったとの興味深い指摘をしている。思えば、この大戦の後半、ドイツ軍人で実質的な同国の戦争指導者となったエーリヒ・ルーデンドルフは「第1兵站総監」に任命されたが、この事実はロジスティクスが戦争の成り行きを大きく左右するようになったことを示す証左だ。

ロジスティクスとインテリジェンス

トラックの整備を行う兵士(画像:ウクライナ国軍参謀本部)
トラックの整備を行う兵士(画像:ウクライナ国軍参謀本部)

 実は、当時の主要諸国の軍隊の参謀組織は第1次世界大戦の開戦時までにはほぼ確立されていたが、元来、この組織はロジスティクスの機能を強化する必要性から生まれたものだ。戦略、作戦および戦術の策定とその実施を支えるのが、戦いの基盤となるロジスティクスとインテリジェンス(情報)であると考えられたからである。

 つまり、インテリジェンスによって状況を冷静かつ正確に把握し、ロジスティクスによって戦略などの実現可能性を検討、それらの実施に当たっては物質的な支援を組織的に実施するのだ。

 ロジスティクスの観点からすれば、近代の戦争を変えたひとつの転換点は疑いなく鉄道の登場だった。大量の兵士や物資を絶えることなく前線へと運び込める。しかも前線で傷付いた兵士を迅速に後方に送り、治療を受けさせることが可能になった。その後のトラックの登場――自動車化――によっても、やはり戦争の様相は変化した。もちろん、航空機や大型船舶の存在も忘れてはならない。

 そして、このような技術のイノベーション――例えばAI(人工知能)――は今日でも継続しており、軍事の領域に取り入れられ、戦争の様相を大きく変えつつある。

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