夏の甲子園明日開幕! 高校野球もプロ野球も「鉄道会社」がつくったって本当?
鉄道会社に野球チーム結成を呼びかけた小林

「徳川ヘラクレス」を創設した徳川達孝の邸宅は東京府芝区三田綱町にあり、これは現在の港区田町付近にあたる。慶応義塾とは至近の距離にあったことから、慶応義塾の学生が野球に興じた。小林は慶応義塾の出身だから、鉄道需要を生み出すために野球に着目したのは数奇な運命といえるのかもしれない。
甲子園大会は豊中球場から甲子園へと舞台を移したが、小林は気落ちすることなくプロ野球の発足させるための準備にとりかかる。小林がプロ野球の結成準備を進めていた1937(昭和12)年、日本初となるプロ野球チーム「後楽園イーグルス」が発足していた。
当時は学生野球の人気こそ高かったが、プロへの視線は厳しかった。野球は、あくまでも娯楽。世間は
「いい大人が遊んでメシを食うとは何事か」
と冷たかった。ゆえに、プロ野球の試合に観客が詰めかけることはなく、後楽園イーグルスは観客収入だけ経営が成り立たなかった。後楽園イーグルスと小林は無関係だったが、このいきさつからプロ野球が観客の入場料では成り立たないことを悟る。
そして、小林は鉄道会社が各自でチームを結成し、沿線に球場を持てば、試合のたびに観客が電車を利用するというビジネスサイクルを考案する。つまり、鉄道需要の創出の一環としてプロ野球を開催すれば、鉄道会社も利益をあげることができるし、プロ野球という新しい文化も創出できる――。
小林のアイデアは野球という文化を鉄道が支えるという仕組みだが、それは一者では実現できない。やはり対戦チームが存在して成り立つ。そのため、小林は各地の鉄道会社にプロ野球チームの結成を呼びかけた。
小林の呼びかけに応じて球団を立ち上げたのは、主に関西の私鉄だった。しかし、その後に鉄道会社がプロ野球チームを所有し、試合を開催することで鉄道需要を生み出すという小林の考え方をほかの私鉄も取り入れていく。
そのため、プロ野球の歴史の中でチームを保有した鉄道会社は、
・阪急
・阪神
・南海鉄道(現・南海電鉄)
・近畿日本鉄道
・名古屋鉄道
・東京急行電鉄
・西日本鉄道
・西武鉄道
・日本国有鉄道(現・JR)
などと多い。
また、京成電鉄は読売ジャイアンツの発足時に大株主として経営を支えたほか、山陽電鉄は2軍のみという珍しい形態で、京浜急行電鉄は女子プロ野球チームを保有していた。
現在、鉄道会社を親会社とするプロ野球チームは阪神タイガースと西武ライオンズの2球団になった。しかし、歴史的に見て、鉄道が野球文化の発展に多大な貢献をしてきたことは間違いない。