「地下鉄が来なかった街」横浜・神奈川区の商店街はなぜ廃れなかったのか? 90年代から続く名物ナイトマーケット! 行列店とプロレスが生む意外な光景とは
1968年の市電廃止や地下鉄誘致断念、2011年の火災で20店舗焼損など、幾多の試練に直面してきた横浜の昭和レトロ商店街「六角橋」。大学や東横線を抱える立地に甘んじず、テナントの階数誘導や2024年のまちづくり法人設立など独自戦略を展開。インフラ拒絶の過去を乗り越え、持続可能な街へ挑む活路を追う。
昭和の面影を残す横浜屈指の商店街

神奈川県横浜市神奈川区六角橋――かつては農村地帯だったが、1923(大正12)年の横浜市電六角橋線の開業、1926年の東横線丸子多摩川~神奈川間の開業、翌年の横浜市への編入、1930(昭和5)年の横浜専門学校(現:神奈川大学)の開校が相次ぐと、関東大震災後の人口移動に加え、その後の市街地拡大などを背景に住宅地化が進んだ。
そして戦後になると闇市が建ち、そこから発展した商店街が細い網目状の路地の中に作られていった。
前述の通り、神奈川大学のキャンパスがある学生街であり、横浜市電の発着地にもなったことから、多くの人で賑わうようになった。六角橋は横浜市内でも有数の商店街として発展を遂げることになる。
白楽駅から六角橋交差点までの間にある六角橋商店街、アーケード街の六角橋ふれあい商店街、横浜上麻生道路上の西神奈川三丁目商興会などの商店街は、買い物や飲食、映画などを楽しむ人で賑わった。
昭和の商店街の面影を感じられる街として、現在も独特の景観を残している。昭和30年代の雰囲気を残すレトロ感あふれる街として、テレビ番組やドラマ、映画のロケ地になることも多い。
六角橋は、家系ラーメンの有名店だった「六角家」が1988年から店を構えたことでも知られている。六角家は店主の体調不良もあり2017年に閉店してしまうが、同店で修行した弟子が全国各地で開業し、太い麺と豚骨醤油スープが特徴の家系ラーメンの味を伝えている。
なお、六角橋には今日も「末廣家」(家系ラーメンの元祖である「吉村家」の直系)など多くの人気店が立地しており、多くのラーメン好きが訪れる街になっている。