明治開業から120年超! 首都圏屈指「ミニ私鉄」が存廃の岐路に… “表玄関”が変わった街で何が起きているか
龍ケ崎市駅へ移行したまちの玄関口

ただ、同市は「地方都市」という一面だけを持つまちではない。
同市は1956(昭和31)年に成立した首都圏整備法に基づく近郊整備地帯に指定され、高度成長期から人口が増加した。1997年には竜ヶ崎ニュータウンが造成され、国勢調査ベースでは2010年まで人口の増加が続いていた。また、1965年には同市内で流通経済大学が開学している。
しかし、竜ヶ崎ニュータウンは中心市街地から遠く離れており、関東鉄道の竜ケ崎駅はその玄関口として機能していない。
流通経済大学は比較的中心市街地に近いものの、こちらもシャトルバスは関東鉄道の竜ケ崎駅ではなく、JR常磐線の龍ケ崎市駅から発着している。
現在の同市の表玄関は、中心市街地にある関東鉄道の竜ケ崎駅ではない。中心市街地から西へ5kmほど離れたJR常磐線の龍ケ崎市駅(関東鉄道側は佐貫駅)が、その役割を担っている。同市が運行するコミュニティーバスも、龍ケ崎市駅を中心に路線が組まれている。
そもそも、駅名を佐貫から龍ケ崎市へ変更したのは、JR側の意向ではなく、同市からの要請によるものだ。市内に竜ケ崎駅と龍ケ崎市駅があることについては
「紛らわしい」
との声もある。一方、同市は費用まで負担して佐貫駅から龍ケ崎市駅へ名称を変更しており、まちの表玄関を竜ケ崎駅から龍ケ崎市駅へ移す意思を示したとも受け取れる。
一方で、同市は中心市街地の空洞化をそのまま受け入れているわけではない。むしろ全国的に見ても、中心市街地の活性化には積極的に取り組んできたといえる。
これまでに「にぎわい広場」の整備、創業チャレンジ工房「どらすて」の開設、「まいんバザール」の実施など、人を呼び込む事業や活動を進めてきた。
しかし、こうした取り組みはイベントによる集客にはつながっているものの、継続的なまちなかの活性化にはつながっていないとの指摘もある。