明治開業から120年超! 首都圏屈指「ミニ私鉄」が存廃の岐路に… “表玄関”が変わった街で何が起きているか

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120年超の歴史を誇る全長4.5kmの関東鉄道竜ケ崎線が岐路に立つ。2024年度の赤字額が5000万円へ拡大する中、事業継続を巡る本格的な議論が始まった。背景には中心市街地の空洞化と玄関口の分散という地方都市特有の構造課題がある。存廃の選択とまちづくりの未来が交錯する、ローカル線の現場を追う。

中心市街地の空洞化と路線の衰退

終点・竜ケ崎駅(画像:菅原康晴)
終点・竜ケ崎駅(画像:菅原康晴)

 関東鉄道竜ケ崎線は1900(明治33)年、前身となる竜崎鉄道が全線を開業した。その後、鹿島参宮鉄道、関東鉄道と運営する事業者は変わったが、地元ではほぼ一貫して「竜鉄」の愛称で、120年以上にわたり親しまれてきた。

 路線は、JR常磐線と接続する佐貫と竜ケ崎を結ぶ全長4.5kmの短い路線で、途中駅は入地駅の1駅のみだ(古くは複数の駅が存在した)。全区間が龍ケ崎市内にあり、片道の乗車時間は7分である。

 なお、佐貫については、関東鉄道竜ケ崎線側は現在も佐貫駅と称している一方、JR常磐線側は2020年3月に佐貫駅から龍ケ崎市駅へ改称した。JR常磐線龍ケ崎市駅と、関東鉄道竜ケ崎線竜ケ崎駅の関係については後述する。

 終点の竜ケ崎駅は、龍ヶ崎市の中心市街地の西側に位置する。短い路線ではあるものの、長年にわたり、同市の中心市街地と首都圏に直結する幹線の常磐線を結ぶ役割を担ってきた。

 同市の中心市街地は、江戸時代には竜ケ崎城に近い陣屋を中心に商業が栄えたまちである。同駅を出ると、東へ約2kmにわたって商店が並ぶ本町大通り商店街があり、中心市街地には市役所、国や県の機関、教育施設などが立地している。かつては茨城県稲敷地方の広い地域における商業・行政の中心的な役割を担ってきた。

 しかし、龍ヶ崎市は首都圏近郊のベッドタウンとしての性格を持つ一方、いわゆる「地方都市」でもある。多くの「地方都市」では、車の普及が進むにつれて、郊外型の大型商業施設が出店するなど、中心市街地の「空洞化」が長く続いてきた。

 同市も例外ではなく、中心市街地の衰退は、幹線鉄道と中心市街地を結ぶ同線の衰退にも直結する。

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