なぜ日本人は「海外旅行」へ行かなくなったのか? もはや富裕層の趣味?――潜在需要1位なのに行けるのはわずか7%という厳しい現実
大衆化の歴史を経て迎えた構造変化

歴史を振り返れば、日本で観光目的の海外旅行が自由化されたのは1964(昭和39)年のことだ。当時は年間1回500ドルまでという厳格な外貨制限が課されていた。その後、
・円高の進行
・航空機の大型化
・格安航空券の流通
・航空規制の緩和
などが追い風となり、1990年代にかけて格安海外旅行が一気に普及した。幅広い層が気軽に世界へ飛び出せる、余暇の大衆化が実現した時代である。
この大衆化を後押ししたのは、JALパックの登場や、『アップダウンクイズ』をはじめとするテレビ番組の豪華な懸賞だった。メディアが醸成した海外への強烈な憧れに、エイチ・アイ・エス(H.I.S.)などの新興旅行会社の台頭、インターネット通販の普及による格安パッケージツアーの流通が重なった。
「1ドル = 79円台」
という歴史的な円高を記録した1995(平成7)年には、国内旅行よりも海外旅行のほうが安上がりという逆転現象さえ起きたほどだ。
当時の価格破壊は、強い円を背景とした強大な購買力と、航空座席の供給過剰という特異な条件が重なった結果にすぎない。現在では世界的な航空燃料の高騰に加え、深刻な人手不足や機材不足が常態化しており、コストを削って大量販売で利益を薄く広く拾うビジネスモデルそのものが立ち行かなくなっている。1960~1990年代と現在とでは、
・航空市場を取り巻く環境
・所得水準
・為替レート
・消費者の意識
に至るまで、あらゆる前提条件が異なる。行きたいという明確な意思があっても、予算、価格、為替、時間といった条件のパズルが噛み合わず、実現を見送る層は確実に増えている。
今後、仮に円安が修正され、旅行費用が落ち着き、あるいは所得環境が改善した場合に、分厚い潜在需要がどこまで実際の渡航へと結びつくかがひとつの焦点となる。逆に費用の上昇基調がさらに長期化すれば、国内旅行や近場のアジアへ目的地を振り替える防衛的な動きは、いっそう定着していくだろう。