なぜ日本人は「海外旅行」へ行かなくなったのか? もはや富裕層の趣味?――潜在需要1位なのに行けるのはわずか7%という厳しい現実
近距離アジアを選ぶ若年層の懐事情

こうした市場の分化は、大学生を中心とする若年層の動向にも色濃く表れている。
日本旅行業協会(JATA)が2026年春季に大学生1362人を対象に行った調査では、およそ8割が海外旅行に行きたいと回答した。しかし実際の経験率は平均約5割にとどまる。
資金の工面についてはアルバイトが84%を占める。希望する渡航先の首位は欧州だが、厳しい費用面を考慮し、韓国や台湾など近距離のアジアへ行き先を変更するケースも報告されている。これは単なる資金不足による妥協というより、限られた日程と予算内で最大限の満足度を引き出そうとする現実的な選択として機能している側面を持つ。
若者の海外旅行へのハードルを引き上げた要因は、昨今の物価高だけではない。世代別の海外旅行者数のトップは1990年代まで20代女性が君臨していたが、2000年代半ばを境に60代以上のシニア層に逆転されている。海外旅行への特別な憧れが薄れたという意識の変化もさることながら、
・非正規雇用の拡大
・賃金下落による若年層の構造的な購買力低下
が、20年以上も前から水面下で進行していた事実を見落としてはならない。
さらに、パスポート保有率の著しい低迷という制度的な背景も影を落とす。現在の保有率は17%程度まで落ち込んでおり、G7諸国の中で最下位に沈むだけでなく、近隣のアジア諸国と比べても極めて低い。海外へ赴くための手続きや資格そのものを放棄する人が激減している。加えて、2025年導入の新型旅券から住所欄が廃止され、国内における公的な身分証明書としての機能が低下したことも、一般層からパスポートを新規取得・更新する動機を奪う一因となっている。
渡航の前提条件を満たす母集団が縮小したことで、市場に残存する層の動きがより鮮明に浮かび上がるようになった。予算を切り詰めた近距離旅行へのシフトが進む半面、市場全体における高額旅行者の存在感は相対的に増している。中間層の渡航頻度が減り、十分な資金と準備を整えた層だけが残った結果として、海外旅行の富裕層化が色濃く映し出されているのが実態だ。