「開発に1か月なんてかけられない」――日産自動車はなぜ「AI」「クラウド」へ動くのか? 変わるクルマ開発の競争軸とは
SDVシフトにともなう車両価値の転換
自動車ビジネスは、従来の売り切り型から、ソフトウェアやサービスを通じて継続的に利益を生み出すストック型へと大きく変わっている。クラウド上に開発環境を整えることで、車両の所有者はOTA(無線通信)を通じて必要な機能を適切な時期に追加できるようになる。ルネサスエレクトロニクスなどの半導体メーカーも、クラウドを活用したOTA開発期間の短縮ツールを提供しており、市場の変化や顧客の声を素早く更新へ反映する開発速度が、ブランド価値やリセールバリューを左右するようになっている。
日産のプラットフォームは、ハードウェアの違いを意識させない車載OS、AI学習を進めるクラウド上のデータ基盤、バーチャルECUを活用した開発環境(SDK)の三つで構成される。実際の走行環境に基づく解析用テストケースの自動生成や、試作、バグ検知などの評価作業も効率化できる。
ソフトウェアの価値が高まる一方で、人命を預かる自動車では、高品質なハードウェアを量産するすり合わせ技術の重要性は変わらない。長年培ってきた製造技術と、柔軟で迅速なソフトウェア開発を組み合わせることで、新たな価値を生み出せる。AIを活用した開発環境を取り入れ、両者を効果的に生かすことが、次世代モビリティで競争力を高めることにつながる。
AIの社会実装では、開発速度を重視するIT業界のアジャイル開発と、安全性を最優先とする自動車業界のフェールセーフの考え方を組織の中で両立させる運営が欠かせない。
課題としてまず挙げられるのが、人材の確保と育成である。ソフトウェア中心の開発へ移る中でエンジニアの獲得競争は激しくなっており、開発工程へAIを取り入れるには、ITインフラ、車両システム、AI技術にまたがる知識が求められる。しかし、AIエンジニアが厳しい安全基準まで十分に理解している例は多くなく、インフラエンジニアへのAI教育もまだ十分とはいえない。専門人材の待遇改善に加え、既存技術者へのリスキリングを進めるとともに、教育にかかる費用と開発期間短縮による効果を見極めながら投資を進める必要がある。
さらに、AIの判断過程を人が確認しにくい「ブラックボックス化」への対応も欠かせない。AIが自律学習で導き出した判断の過程が見えにくいことは、自動運転や車両制御では大きなリスクとなり、検証を難しくする。安全性を確保するには、判断の根拠を示せるXAI(説明可能なAI)の導入や、厳格な運用指針の整備が求められる。ISO 26262やASPICE、UNECE R155/156などの国際規格が定める安全要件を満たしながら、判断の透明性を確保した開発・運用体制を築くことが必要となる。