再開発後の「虎ノ門」に人は集まるのか? 突破のカギとなるのは「モビリティ」「歩行者目線」だった!

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再開発が続く虎ノ門エリア。同エリアはアフターコロナにどのような存在となるのか。筆者は、東京と地方を結ぶ柔軟な移動システムを持つプラットホームになると明言する。

虎ノ門・麻布台の再開発

港区虎ノ門(画像:(C)Google)
港区虎ノ門(画像:(C)Google)

 2022年、東京はリブート(再起動)しようとしている。ウィズコロナ政策によって、次第にコロナ前に戻ろうとしているが、単純に元通りになるとは思えない。森ビルや日本郵便が参加する組合の高さ330m(日本一)、地上64階建ての上棟式が4月21日、行われた。「虎ノ門・麻布台プロジェクトA街区」の象徴的ビルである。東京のアフターコロナを象徴しているようだ。「緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街-Modern Urban Village」をコンセプトに、東西ツインタワーも2023年の完成を目指している。

 このプロジェクトに加え、虎ノ門一帯が再開発され、日比谷線虎ノ門ヒルズ駅と一体的に開発する、高さ約266mの地上49階建ての虎ノ門ヒルズステーションタワー(仮称)も2023年に完成予定だ。

 これらの港区の大規模な再開発によって、このエリアが港区の中心になることは言うまでもない。このエリアは、コロナ前の経済のグローバル化を色濃く反映した「国際新都心・グローバルビジネスセンター」を目指している。

 ここでは、戦後、霞ヶ関の陰に隠れて、日の目を見ることのなかった虎ノ門の歴史をひもといて、虎ノ門の江戸、明治、大正、昭和、平成のこれまでとこれからの行方をアフターコロナの観点から遠望してみたい。

江戸三十六見附のひとつ

2021年6月時点の虎ノ門の様子(画像:(C)Google)
2021年6月時点の虎ノ門の様子(画像:(C)Google)

 虎ノ門の由来は、四神相応(しじんそうおう。風水における好適地の条件)の大道が宿るとされる白虎にある――。

 東京は江戸の自然を土台にして形成されている。江戸は、五つの台地と広大な平野で形成されているが、「坂東太郎」で知られる利根川がたびたび氾濫し耕作地には向いていない。

 そこに、家康が秀吉の命で移封され、太田道灌のかんがいを引き継ぎ、何代にもわたり、江戸を開発したことに礎がある。中心となったのは戦のための江戸城だ。江戸城は、掘で守られた堅固な要塞(ようさい)だった。江戸城を守るように、反時計回りで内堀外堀がひかれ、外堀には三十六とされる門が置かれ、見付(見張り番)が置かれた。

 虎ノ門とは、外桜田門から芝西久保(新橋)に出る門だった。名前の由来は諸説あるが、徳川家が風水にこだわったことから四神相応説をとる。具体的には、江戸を、京都になぞらえて神獣に守らせるために、東は川(大川など)に宿る青龍、南は海(江戸湊〈みなと〉)に宿る朱雀、西は大道(東海道)に宿る白虎、北は玄武が宿る山(麹町台地)に守らせた。

 そして、虎ノ門は、東海道の出発点となることからの由来である。国道1号線の起点は、現在では日本橋だが、江戸時代には虎ノ門だった。地下鉄虎ノ門駅には、現在でも、昭和に入りつくられた小さな虎がのる遺跡碑が置かれている。

 余談だが、この虎はどう見ても「猫」にしか見えない。明治時代の写真では、小さなダムのようなせきでそこに目付が置かれ、広重の浮世絵にも描かれる江戸の名所にひとつでもあった。