転生したら「ハイエース」だった件
1967年誕生以来、物流や人員輸送など日本経済を支えてきたハイエース一族。20代目まで進化し、国内小型貨物車市場で培った多用途性と耐久性を次世代モデルにどう継承するのか、ジャパンモビリティショーで公開されたセミボンネット型コンセプトに注目が集まる。
日本経済を支えてきた存在

吾輩は、トヨタ「ハイエース」である。名前はあるといえばあるし、ないといえばない。一般には、ただ単にハイエースと呼ばれている。ある朝、なにか気がかりな夢から眼をさますと、吾輩が寝床の中で箱バンに変わっているのに気づいた。元は人間だったが、気づけば一人親方の職人A氏と日々をともにしている。今回は吾輩の視点から、ハイエース一族について話をしていこうと思う。
これは新たな評論のスタイルである。“マジガチ”のコメントはくれぐれもお控えください。
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ハイエース一族は、1967(昭和42)年にトヨタによって世に送り出された。当時の広報資料によると、「新しい時代の新しいタイプの商用車」として大々的に宣伝されている。
当時は、1955年頃からはじまった高度経済成長が成熟してきた時期であり、道路が次第に整備されて、自動車の高速化、大型化が進んでいた。そのようななか、全天候型のクローズド・ボディ、運転者の乗り心地を重視した商用車、そしてユニークなデザインを全面に打ち出し颯爽と登場したのだ。以降、
・物流
・工事関連
・人員送迎
・緊急車両
など幅広い分野で日本経済を支えてきた。
また、全天候型のクローズド・ボディの空間は、創造力をかきたてる“小宇宙”ともいえる。吾輩のオーナーの職人A氏は、空間を自在に区切って工具や材料をぎっしり詰めており、もはや芸術的なレベルといっていい。使い勝手のよさから釣り好きな人やキャンパーなど個人ユースも多く、商用車といいながらも幅広く支持されてきた。